この前、久しぶりに会った知人から何枚かの写真を見せてもらいました。それは、河川敷一面に咲いている白い花の写真です。川をはさんで反対側は今度は黄色い花が一面に咲いています。「わぁ、すごい。キレイ」と思わず声に出してしまいました。それはどこかというと、兵庫県の豊岡だということでした。以前、仕事で訪れた時にあまりの美しさに撮ったとのこと。その白い花は大根の花だそうです。黄色い花はカラシナの花。どちらも自生してるんだって。つまり、勝手に生えてるってこと。それがまたスゴイ!知人いわく、ちゃんと食べられる大根だそうです。「誰がが管理してるの?」って聞いたら、「自生って聞いたから誰も管理なんてしてないんじゃないか」って。じゃあ、勝手に抜いて食べてもいいってこと?うーん。これは未確認なのでわかりません。それにしても河川敷一面が大根畑になってるなんて、ほんとに驚きです。そして、この風景は地元の本にも載ってるんだって。その本のタイトルがまた変わってて『弁当と傘』っていうんです。このタイトルを聞いた時、私はいつか読んだ小説の中に同じようなことが書いてあったのを思い出しました。『弁当忘れても傘忘れるな』って言われてるって。たしか舞台は金沢だったと思うんだけど。なんでも、山陰地方から北陸地方までの日本海側はとても天気が変わりやすくて、晴れてると思っていても急に雨が降り出すことが多いことを表しているとその小説には書いてありました。勝手に咲いてるという大根の花、いつか見に行きたいな。そして、その風景が載ってるという地元の本も一度読んでみたいな。
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これからどちらへ?
先日、電車で本を読んでいたら賑やかな声が聞こえてきました。本から顔を上げると、途中の駅から乗り込んできたグループです。年配の人達なんだけど、男女混ざっていてみんなリュックを背負って帽子をかぶっていました。とても仲が良さそうで、本当に和気あいあいという言葉がぴったりでした。何人かは情報誌のような雑誌を持っていて、それを見たりしていたから、これからみんなでどこかにハイキングか軽登山に行くのかもしれません。とにかく楽しそうでした。その雰囲気は、学生がわくわくでお出かけするのと同じような感じだったんですもの。見ていたら、羨ましくなってしまいました。昔からの友人の集まりなのか、それとも同好会とか愛好会とかそんな集まりなのか、それはわからないけど、そんな風に男性、女性が混ざって楽しそうな様子ってとっても好感が持てます。あまりアウトドア派でない私もあんな風にみんなでどこかに行ってみたいなって思えてきました。そして、誰に声を掛けたら実現するかなって頭の中で思い浮かべました。職場の人か、学生時代の友人か……。近場のハイキングでもいいけど、小旅行のような感じでもいいかも。考えてるだけですっかり気分がハイになってしまいました。今度は私が他の誰かから、どこに行くのかな、仲が良さそうで楽しそうだなって思われる側になりたいな。
マリア様の本
この前、お風呂で湯船につかってボーっとしていた時のことです。私がシャワーをきっちり閉めてなかったみたいで、ポタッポタッとシャワーヘッドから水が漏れていました。湯船の中からそれを見ていた私は幼いときのある出来事を思い出したのです。
それは、まだ幼稚園の年少くらいだった時、キッチンの蛇口からポタッポタッと水滴が落ちているのをジッと見ていた記憶です。たしか母に叱られたからキッチンに一人でいたように思うんだけど、はっきりしたことはわかりません。ただ、床に座って水滴を見ていたんです。夜中にひとりでそこにいたと思っているけど、よく考えたら幼稚園の子どもが、いくら叱られたからと言っても、夜中にひとりで起きているのはちょっと不自然です。本当はもっと早い時間だったのかもしれません。しばらくして、私は隣りの部屋から1冊の本を持ってきました。当時、私が通っていたのは近所のカトリック系の幼稚園でした。そこで買ったのか貰ったのかはわかりませんが、マリア様の本がお気に入りだったのです。私は相変わらずキッチンの床に座って、ポタッポタッという音を聞きながらその本を読みました。なぜか記憶はこのシーンだけで、母の姿は出てきません。その後、どうしたのかもわかりません。でも、幼い私は、謝りたいけど謝る勇気がなくて、水滴を見ながら迷い、本を読みながら葛藤していたんだと思います。マリア様の本、今でもまだどこかにあるのかな。
そんなことを考えながら私は、シャワーをしっかり締めてからお風呂を出ました。
寝起きの勘違い
この前、電車に乗っていたら前の座席でうつらうつら寝てる男性がいました。駅に着いた瞬間、その人がパッと起きて慌てて電車を降りたんです。でも、降りる駅じゃなかったらしく、今度は慌てて乗ってきたんです。その後はちょっとバツが悪そうにドアのところに立ってましたけど。あるんですよね、勘違いって。私も電車で本を読んでるうちに、いつの間にか寝てしまっててハッと気づいて「ここはどこ?」なんてヒヤッとしたことが何度かあります。今、自分が乗っている電車が乗換え前の電車か、もう乗り換えた後の電車かが一瞬わからない時もあります。そんな時ってホント慌てますよね。周りからは明らかに慌ててることを悟られますし、ちょっと恥ずかしいです。
時々子どもの頃に起きた父の勘違い事件を思い出します。その日、父は仕事が休みで、私と妹が遊んでる横でお昼寝をしてたんです。そしたら突然ガバっと起きて時計を見るなり大慌てでスーツに着替え始めたんです。私と妹はあっけにとられて、しばらくその様子を見ていました。そしたら父が「遅れる。大変だ」って言ったので、やっと勘違いをしてることがわかったんです。私は「今日はお休みだし、今は夕方だよ」って教えてあげました。時計が指す夕方のその時間が、まさに父が朝起きるような時間で、さらに外の明るさもちょうど同じくらいだったんでしょうね。冷や汗をかきながらホッとしていた父の顔が浮かびます。妹と私は笑いが止まりませんでした。でも、私もお休みの日の起き抜けに、たまに慌てそうになる時がありますけどね。
いい方法、知りませんか
人の体って自分の自由にならないことも多いですよね。たとえば、咳だとかくしゃみもそうです。しゃっくりだってそうですよね。突然出始めた時には困ってしまいます。我慢しようと思っても出てしまうんですから。無理に抑えようとすると逆効果で、とんでもなく変な声が出てしまったりするから要注意です。
私の場合、かなりの確率で困るのがおなかです。そうおなかが鳴るんですよ。家にいる時なら別段問題ではないんだけど、ミーティング中だとか真剣な会議中に鳴ると気まずいといったらありません。さっきまで全然平気だったのに、急に空腹に襲われるというか、ヤバい来た!って感じです。そう思ったら最後、もう坂道を転げ落ちるかのように押し寄せてくる空腹感。もう自分の意志では止められません。小さな音ならまだ知らん顔できますが、部屋中響くような時には黙っていられません。「すみません」って小さな声で謝ります。クスクスって笑いが起こる時はまだマシなんです。チラッと冷たい視線を向けられた日には居心地悪いのなんのって。家でごはんを後回しにして、夢中で本を読んでいたって鳴らないのになんでよって心の中で叫んでしまいます。一体どうしたら克服できるのか知りたいもんです。グーって鳴るのを止める方法、誰か知りませんか?次のミーティングまでに急募です。
日めくりカレンダー
先日、頼まれて半日だけ知人のオフィスのお留守番に行きました。
「電話がかかってきたら要件を聞いてメモをし、後で折り返しの電話をすることを伝える」「メールをチェックして、もし急ぎのものがあればすぐに連絡を入れる」と、それさえ守っていれば、その他は好きなことをしていても良いというので、即効OKの返事をしてパソコン持参で行ってきたのです。
そこは、街の喧騒がうそのように静かなオフィスでした。さてと、というわけでオフィスの中を見渡していると、壁に日めくりカレンダーがあることに気づきました。日にちが大きく書いてあって、後は何やら細かい文字で文章が書かれています。あれっ?今日は何日?それは、3日前のカレンダーです。きっとめくり忘れているんだと思った私は、壁からそれを手に取りました。手に取ってカレンダーの文章を読んでみると、「へぇ」と感心することが書かれていました。1枚めくって読み、また1枚めくって読み。なんていうか、忙しい毎日のオアシスになるような心に沁みる温かい文章ばかりでした。ふと、もともとのページにもう一度戻ってみて思いました。もしかしたら、そこに書かれていることがすごく心に響くものがあって、あえてそのページを開いてあったのかなと。私はカレンダーを壁に戻しました。もちろん、そのまま時を止めて。
映画が先か小説が先か
小説やコミックが映画化されることはよくありますが、映画を観るのが先か、小説を読むのが先かで、その印象は大きく変わります。原作を読んでいない作品の映画を観てから小説を読む場合にはさほど影響はないのですが、逆の場合はそれはそれは、ビックリすることがあります。小説は、読む人によって頭の中に浮かぶ映像は全く違ったものになっていて、100人の読み手がいれば100通りの映像があるはずです。私も小説を読んでいると、いつの間にか主人公をはじめ登場人物の顔や姿が頭の中に出来上がっています。だから、映画を観たときに「ほっほー、そう来たか」と思うことがあります。
この前観た映画は、まさにそれ!主人公を演じている俳優さんは有名で、その作品についてテレビでも何度となく話をしていたので、違和感なく受け入れられたのですが、脇を固めている俳優さんのうち一人は、私の頭の中の人物とはおよそ似ても似つかない人で、思わず「へぇー、そうなんだ」と声を出してしまいました。なぜなら、その俳優さんは正統派のどっちかというと可愛い系の大学生って感じだったんだけど、私の頭の中の彼は、もっとむさくるしい感じでワイルドな青年だったからなんです。
そして実際に映画を観た感想は、その俳優さんは上手く演じていて、映画の仕上がりもなかなか良かったと思います。ただ、ただですよ。やっぱり私の頭の中との差は埋められることはなく、「私ならあの俳優さんをキャスティングするのになぁ」なんて勝手に監督になり切っていました。
でも、考え方によっては、自分の持っていたイメージとの違いを比べながらの映画鑑賞って、「それも楽し!」ですよね。
私の紅茶
今の私はコーヒー派だけど、学生の頃はだんぜん紅茶派でした。母の好みで家の戸棚の中には数種類の缶がいつも並んでいました。そして、私は受験勉強中の深夜にひとり、一応勉強の休憩時間という名目でしたが、その日その日で缶を選び、ポットに熱いお湯を入れてゆっくり時間をかけて蒸し、丁寧にマイカップに注いだものでした。そして、その何とも言えない美しい色に、飲んでしまうのが惜しいと思ったものです。学生時代の深夜の紅茶は私の秘密の楽しみだったように思います。家族が寝静まっている時間に、キッチンでこそこそとリンゴを剥いたりもしました。いっしょにリンゴを食べるのが、なんとも幸せに思ったものです。ときには、オレンジマーマレードやジャムを入れて、「今日の私の紅茶」なんて独り言を言っていました。そして、そっと口に含み、その時の気持ちをノートに綴っていたのです。そうそう。時にはカップに向かって話かけたりしていましたね。私はちょっと変わった少女だったのかもしれません。昔から私は勉強をしないといけない肝心な時に、ポエムを書いてみたり、短い物語を書いてみたりしていました。で、そのまま机に突っ伏して寝てしまって、明け方にごそごそと布団にもぐりこむのです。
なんだか懐かしい時代です。久しぶりに今日は紅茶にしてみようかな。
人の振り見て
遠出する途中で、ガソリンが心許なくなったことがありました。少し走ったところにあったスタンドに入ったところ、休日だったせいかとても混んでいました。列に並んでしばらくすると、どうやらしびれを切らしたらしい人が割り込みをしようと車を動かし始めました。幸いにしてスタンドの店員さんが止めてくれたのですが、するとその人は、捨て台詞を残して行ってしまいました。
何だかちょっと、マンガか小説の1シーンのようだなあ、と思って見ていました。割り込みしたくなる気持ちは分かりますが、事故の可能性や、きちんと並んでいた人のことを考えると、やってはいけないことですよね。
しかし私も、ついつい店員さんに対して横柄な態度をとりたくなったり、自分こそを優先してほしいような気持ちになることがあるので、人の振り見て我が振り直そうと思った出来事でした。
更にその日の遠出先のお店でも、ちょっとしたトラブルがあったのですが、大人として冷静に対処する難しさと大切さを痛感しました。特に自分に被害が及ぶこととなると、どこまで要求したら過剰なのか、正当なのか、よく分からなくなってしまいます。トラブルを出来るだけ気持ちよく終わらせるためにはどうしたら良いのか、色々と考えさせられました。
おいしいおそば屋さん
特定の地域のみで使えるお得な商品券をいただいたので、家族でおいしいおそばを食べに行ってきました。うどん派としては不服な選択肢だったのですが、その認識が綺麗にころっとひっくり返るくらいおいしかったです。
山腹に沿った蛇腹道を越えた先にひっそりとたたずんでいたそのお店は、最初はなかなか見つけられませんでした。住所を入力したはずのナビは「目的地付近に着きました。ルートガイドを終了します」と言うだけでちっとも当てにならず、小さな看板や、道行く人に尋ねてやっとたどり着くことが出来ました。
メニューは十割そばや辛味大根そばなど、町のお店ではちょっと食べられそうにないものが並んでいました。そしてそのほとんどが自家製とのこと。おなかが減っていたので、天ぷら付きの十割をお願いしました。セットには天然水を満たしたお椀が付いていました。まずはこれで、そのままの風味を味わってくださいとのこと。おそばってこんなにおいしかったんだ、と思いました。大げさでなく。
つなぎが入っていない分やわらかく、香りが強いように感じられました。天ぷらに使われている野菜や山菜も、スーパーで売っているものより風味豊かで、とてもおいしかったです。これで料理物の時代小説などを読むときも、味のイメージをしやすくなるかと思います。また行こうと思います。